一時帰国者の税務

海外の子会社に赴任していましたが、コロナ禍の影響で日本に帰国をしている従業員の方が多くいると思います。なかなか海外に戻ることができずにいて、すでに183日が経過している、というケースが起きていたのではないでしょうか。183日を超えた場合の日本の所得税、源泉徴収、確定申告について、実際の税務調査の経験を踏まえて検討してみます。

 

居住者性

日本での滞在が予定外に長引いているとはいえ、一時帰国の期間が1年以上となるまでは、基本的には日本の税法上は非居住者のままであると考えられます。

居住者非居住者の定義は、国によって違いがあります。日本の税法上非居住に該当するからと言って、赴任国で居住者として扱われるとは限りません。あくまで赴任国の税法上の定義によってその国の居住者か非居住者かは決まります。

(参考 非居住者が居住者になる時点

 

非居住者が課税される範囲

非居住者に対して課される日本の所得税の課税の範囲は、国内源泉所得に対してのみであり、海外で発生した所得に対しては課税されません。

給与所得についていえば、日本国内で勤務したことにより発生する給与所得は国内源泉所得とされ、海外にて勤務したことにより発生した所得は国外源泉所得です。
あくまで物理的に勤務した場所によって、国内源泉所得か国外源泉所得かに区分されるのであって、海外子会社の仕事をしたか、日本親会社の仕事をしたかどうかは関係ありません。
海外子会社の仕事をし、給与も海外子会社から支払いを受ける場合であっても、勤務の場所が日本国内である限り、それは国内源泉所得です。

非居住者の給与のうち、国内における勤務に係る部分の金額は、次の算式で算定することになっています(所得税法基本通達161-41)。

給与の総額×(国内勤務期間/給与計算の基礎となった期間)

但し、国内勤務の部分の給与が著しく少額である時には課税しなくてもよいことになっています(同通達同上)。

 

課税の方法

 

海外子会社支払いの給与の場合

ここでは、非居住者従業員の日本滞在が183日を超えてしまい、短期滞在者免税が適用されない場合、つまり日本の所得税が課税される場合について述べます。

国内源泉所得となる給与を、海外において支給される場合には、その給与支払いをする海外の子会社には、源泉徴収義務はありません(所得税法212条1項、2項)。
日本の税法によって海外法人に義務を課すことは困難だという趣旨でしょう。

源泉徴収されない代わりに、当該非居住者は、その年の翌年の3月15日までに、又はそれよりも早く海外に帰国する場合にはその帰国日までに、給与等について日本で確定申告をする義務があります(所得税法164条2項2号、172条1項)。
税率は20.42%です(同法170条)。たとえ給与の金額が2000万円以下であっても確定申告が必要となります。

会社によっては、海外駐在員に追加で所得税を負担させることは公平ではないとして、日本親会社がその所得税を負担するケースもあるでしょう。
この場合には、その所得税相当額が給与とみなされるため、さらに所得税がかかる、という計算を繰り返して税額計算(グロスアップ計算)をすることになります。

以上が法令上の規定に基づくものですが、私が経験した税務調査の実務においては、本来一時帰国者自身が確定申告をすべきものでありながら、その分を日本親会社が源泉徴収をして納税すれば、一時帰国者は自ら確定申告しなくてもよい、という取扱いになっているとのことでした。
会社が源泉徴収をする場合には、グロスアップ計算をしなくてもよいとのことです。

会社による源泉徴収については法令上の根拠があいまいだと思いますが、グロスアップ計算をしなくてよいのであれば、会社による源泉徴収で済ませたいと考える会社が多いのではないでしょうか。

(そもそも海外子会社が海外にて給与支給をしており日本親会社は支給をしていないのであれば、日本親会社が源泉徴収をすることは不可能です。しかし税務署の実務(?)は、あたかも日本親会社が源泉徴収をしたかのようにして、一時帰国者の所得税をしはらえばそれで済まそう、というものです)。


 

日本親会社支払いの給与の場合

海外出向中の従業員の日本の社会保険を継続させるために、日本親会社が給与の一部を国内で支給しているケースが多いと思います。
いったん国内で給与支給をしたのちに、出向先の海外子会社に当該金額を請求するようにしているケースも多いと思います。(見解のわかれるところだと思いますが、請求をしないと、法人税法上、日本親会社による寄附金として認定され不利な課税をされる可能性があります)。この場合には、日本親会社は子会社が支払う給与を一時的に立替払いしているだけです。


では、当該従業員がコロナで一時帰国をして日本で勤務している期間の給与所得は国内源泉所得になりますが、この給与の一部を立替払いする日本親会社には源泉徴収をする義務がある、ということになるのでしょうか。

それとも、給与の支払いは出向先である海外子会社が行っており、日本親会社はあくまでそれを一時的に立替えたに過ぎない、よって日本親会社には源泉徴収義務はなく、一時帰国者自身が確定申告の方法によって申告納税する、ということになるのでしょうか。

この点、筆者が実際に経験した税務調査の実務では、日本親会社の支払いは国内における給与の支払いに該当し、日本親会社には源泉徴収義務がある、というのが税務署の見解でした。

日本親会社は当該一時帰国者から役務の提供をうけておらず、契約による給与の支払い義務もなく、最終的な資金負担もしていない、にもかかわらずです。

ただ、上述したように、一時帰国者自身が申告するときにはグロスアップ計算が必要となるのに、会社による源泉徴収であればそれが不要になる、というのであれば源泉徴収の方法の方が税額は少なく済むのでしょう。

 

短期滞在者免税

一時金国者の給与について日本親会社による源泉徴収が必要である、という税務署の見解を前提にすると、短期滞在者免税の適用はどうなるのでしょうか。

短期滞在者免税の要件は、次の三つです。

① 日本滞在が183日以内であること

② 非居住者に支払われる給与が、日本居住者でない雇用者から支払われること(海外の法人による支払いであること)

③ 非居住者に支払われる給与が、海外法人の日本に有する恒久的施設によって負担されるものではないこと

もし日本親会社が日本の社会保険継続のために、給与の一部を一旦立替払いをして後日海外子会社に請求をするという実務を行っている場合には、日本親会社による源泉徴収が必要というのが税務署の見解です。
その前提には、日本親会社が給与の支払いをした、又は給与の支払いをしたのは海外子会社であるがそれを日本親会社が代行した、という事実認定があるようです(調査官による説明)。

日本親会社が給与の支払いをしたのであれば②の要件をみたさず、短期滞在者免税は適用されないことになると思います。
海外子会社による給与支払いを日本親会社が代行したという場合には、③の要件が問題になると思いますが、どのような結論になるのかはよくわかりません。

短期滞在者免税が適用されない場合、一時帰国者は、日本での勤務によって生じた所得について所得税が課されます。日本での勤務によって生じた所得の金額は、国外勤務日数と国内勤務日数の比によって按分計算をして算定することになるとのことです(所得税基本通達161-41)。

海外出向者が一時帰国をすることは、常にありうることです。短い休暇を利用した帰国や、入院のための帰国、冠婚葬祭に参加するための帰国もあり、必ずしも国内で勤務をするわけではありません。

そのような短期間の滞在の場合であっても、日数による按分計算によって日本での所得を算定し所得税を課す、という取扱いには疑問が残るところです。

思いつく対抗策としては、一時帰国で日本に帰国する際には、海外子会社において休暇届を提出して保管することでしょうか。一時帰国中は休暇であり、日本での勤務は行っていないことの証拠になるかもしれません。

二重課税の問題

海外勤務者が赴任している国(海外子会社の国)が全世界所得課税方式を採用していれば、日本での勤務期間に対応する給与所得に対しては、その国でも課税の対象となるでしょう。
日本と赴任国での二重課税となります。このように日本と外国で二重課税が生じている場合には、居住者となっている国において税額控除の手続きをして、税金還付の手続きをとることができるかどうかを検討すべきです。